回避できないリスク

最近、安全性について考えさせられる事故が続いています。地震津波原発事故、そして最近では急流下りの転覆事故です。
 
PMBOKJSTQBの知識で自分なりに思うこれらの天災・事故に対する誤った発想は、
a)回避できないリスクを回避できると思う
b)回避できないリスクに手を打って安心している
c)誰かがリスクを回避してくれていると信じる
ということです。
 
地震を起きないようには絶対にできません。津波も予測しないほどの津波が100%起きないようにはできません。けれども防波堤でリスク対応できたと信じていた。リスク軽減なのに。それでも起きたらどうするの?って考えていない。そういえば完成に何百年だかかかる水害のために作っていた防波堤もリスク回避の発想では。あと震災の1回目の後にビルの外に整列しているサラリーマンを見て唖然としました。大津波警報がでているのに火災訓練と同じ対応なんて。私の勤め先でも辛抱強く次の指示を待って帰れなかった人もいたけど、会社は社員を労うばかりで気づいていない。
 
原発はもっとひどい。建屋の立て付けが良かろうが、どんなに冗長設計しようが、その想定を超えた時に、それが消失するだけですまなく、人間が手に負えない怪物になることがわかっているので、発電器(この呼び方でいいのかしら)という“製品”として成立していないと思うのです。原爆を落として占領しても落とした本人が立ち入れない状態になることを広島や長崎、戦後の原爆実験で勉強している国が、売っているし、落とされた国も売っているなんて。。。製品として成立しないモノに、電源の冗長とかストレステストって意味があるんでしょうか?
 
転覆事故も、急流下りというリスクの高いレジャーで激突に弱い柔軟性の無いボート、そして転覆には座布団代わりのライフジャケット。あとは船頭さんの腕で回避できているという意識が働いているように思えます。リスク軽減ではなく。マスコミが船頭さんのスキルをほじっているのを見ると特にそう思います。そもそも“転覆する前提のレジャー”として設計されていない。オーストラリアなどで盛んなラフティングと比較するとよくわかると思います。岩にぶつかっても柔軟なゴムボート、ライフジャケットにヘルメット必須。そして乗る方も普段着ではなく“放り出される前提”の水着やウェットスーツが標準。あきらかにサービスするほうもユーザー(お客さん)も意識が違いますね。
 
キューバダイビングやっていると、リスクを前提とするのはヨーロッパ的で、a)からc)に書いたような発想は米国的・日本的なのかなと思います。ダイビングでヨーロピアンが多いところでは自己管理(船上でのブリーフィングのみでガイド無し)で、“漂流はありえる前提”でブイ携帯が必須だったりします。
一方、米国人と日本人のダイバーが多い国では、ガイドがつきます。ガイドに全面的に安全はおまかせの雰囲気。この発想は先述の転覆のケースと同じ。船長兼ガイドは水中で、船が無人で潜っている店もあります。ヨーロッパ的発想だとありえない。
 
今回は安全管理、リスク管理について長文書いてしまいました。